案内の湯豆腐2

八杯とうふのごとし・・・

 

 三原良吉氏の前掲書に登場する「浜萩」。

 

 「浜萩」は、「江戸の言葉と対照して書いた仙台方言集で、江戸中期のもの。著者不明。江戸から仙台に下って城中大奥に努めた女性と思われる」とあり、

その中では「あんないじ  かけゆどうふ」について、

 

「とうふをせんの如く細くきり、あつき湯に入、しゃうゆを少しさして出せり。

江戸の八盃とうふのごとし。」という。

 

「八盃(杯)とうふ」は江戸・天明年間に刊行された豆腐の料理本「豆腐百珍」にも登場

するとうふ料理のひとつである。

 

 


「豆腐百珍」は豆腐料理を、次の5種に分けて紹介している。

 

尋常品: どこの家庭でも常に料理するもの26品。

 

通品: 調理法が容易かつ一般に知られているもの。

    料理法は書くまでもないとして、品名だけが列挙されている。10品。

 

佳品: 風味が尋常品にやや優れ、見た目の形のきれいな料理の類。20品。

 

奇品: ひときわ変わったもので、人の意表をついた料理。19品。

 

妙品: 少し奇品に優るもの。形、味ともに備わったもの。18品。

 

絶品: さらに妙品に優るもの。珍しさ、盛りつけのきれいさにとらわれることなく、

    ひたすら豆腐の持ち味を知り得るもの。7品。

 

 

 

 ここには「浜萩」に出てくる「八杯とうふ」をはじめ、豆腐をうどん状に細長く

切って用いる料理が幾つか登場する

 

 

 

尋常品では

 

   七「草(そう)の八杯とうふ」

    〇太いうどんのように切った豆腐を醤油と酒で味付けする。

    〇葛(くず)をかけておろし、人参を添える。

 「八杯」「とは、味付けの割合が水6杯、酒1杯、しょう油1杯で合計8杯と

 なることによる

 

  ※こちらのサイトでは、「八杯とうふ」の味を今に再現するレシピをプロ

   の料理家が紹介している。

  「江戸時代の料理を作ってみよう!  達人にきけ!」中日新聞プラス

  http://chuplus.jp/blog/article/detail.php? 

  comment_id=3656&comment_sub_id=0&category_id=352 

     

 

                     また同様に豆腐百珍の料理をプロの料理人が作るという企画、「豆腐百珍」

     (福田浩ほか。新潮社)による草の八杯豆腐のレシピでは・・・

 

材料

木綿豆腐

八杯汁(水またはだし汁6、しょう油1、酒1)

葛、大根おろし

作り方

①豆腐はうどんのように長く太く切り、湯に入れて温め、大きめの網杓子で

 すくい取り、水気を切って器に入れる。

②八杯汁の調味料を合わせてひと煮たちさせ、葛を引き、少々とろみをつけて

 器に張る。大根おろしは軽く水気を絞ってから豆腐の上にたっぷりのせる。 

 

 

 十七「ぶっかけ饂飩(うどん)とうふ」

    〇豆腐を太く平たく切り、湯で煮る。

    〇湯を切って盛りつけ煮かえした醤油をかけ、かつおぶし、

     大根おろし、ねぎの白根を刻みとうがらしをかけて食べる。 

 

 

 

佳品では

 

四十五「線麪(せんめん)とうふ」

  〇よくすった豆腐に卵白をつなぎに入れ、美濃紙を敷いて豆腐をのせる。

  〇薄くムラなく延ばし、熱湯を上からかけて水につけ出来るだけ細く切る。

  〇好みの味付けで食す。

 

 

奇品では

 

六十七「縮緬(ちりめん)とうふ」

  〇ところてんの突き出しに豆腐を入れて押し出し、茶碗蒸しの中に入れる。

  葛のあんかけとおろしわさびを添える。

 

 

妙品では

 

九十二「別山焼(べつさんやき)」

  〇温かいご飯をやや固めに握り、こしょう味噌で包み串に刺して焼いたものに、

   葛湯で良い加減に煮たうどん豆腐をたっぷりかける。

 

 

絶品では

 

九十八「雪消飯(ゆきげめし)」

  〇豆腐を「真のうどん豆腐」のようにところてんの突き出し器で切る。

  〇水6、酒1を混ぜて煮て醤油1を加えてさらに煮返した中に入れ、

   浮き上がるところをすくう。

  〇大根おろしをかけ、湯とり飯※をよそって出す。

 

湯とり飯:ご飯を多めのお湯で炊いて沸騰したものをざるで上げ、また元の釜に入れ、

      かまどでよく蒸したもの。

 

 

百「真のうどん豆腐」

   〇二つ並べた鍋を両方ともよく煮打たせておく。

 〇(豆腐を)杓子ですくい一方の鍋に杓子に豆腐を付ける。

 〇温まったらすぐに上げ器によそい、一方の鍋の煮えたぎった湯を器に入れる。

 

 〇つけ汁は、醤油一升と酒三合、だし汁五合を煮返す。

 〇中猪口に入れ、大根おろし、とうがらし粉、ねぎの白根のミジン切り、

  みかんの皮、浅草海苔を薬味にする。

 

 〇豆腐はところてんのつき出しをぬるい湯に入れつき出す。

 

      こちらも前掲、新潮社「豆腐百珍」の「真のうどん豆腐」レシピによると

 

材料

絹ごし豆腐

割り醤油(だし汁4、しょう油1、酒1)

薬味(おろし大根・唐辛子の粉・みじん切りの葱・陳皮(みかんの皮を

   乾燥させたもの)・浅草海苔。または割り胡椒のみ)

作り方

①豆腐はうどん状に下拵えする。

②割り醤油の材料を合わせて、ひと煮立ちさせる。

③湯をたぎらせた鍋を二つ用意する。器は温めておく。

④網杓子に入れた豆腐は網杓子ごと鍋に浸し、すぐに器に取り、

 もう一方の鍋の煮え湯をそそぎ入れて供する。

 薬味は割り胡椒だけでもよい。

 

 

ちなみに「草の・・・」「真の・・・」の意味は、

豆腐百珍にマンガ家花福こざるが挑戦し、100品作っては食べまくる

料理マンガエッセイ「豆腐百珍百番勝負」によると、

 

 料理にも書道のように真、行、草があり、

  真:精進料理の本膳。細かい決まりが色々とある。

  行:懐石料理。茶事でふるまわれる料理。

  草:割烹料理=一般的な日本料理。上方の料理を割烹と読むことから広まった

 

 ・・・のだそうである。

 

 

 


 

 

 「浜萩」に出てくる(案内湯豆腐の)江戸の八盃とうふのごとし」が、具体的に

どの点を指した言葉なのかは判然としないが、

   

 三原氏の前掲書、「塩松勝譜(文政5年)」では、案内湯豆腐を

「其製細繊毛髪ノ如シ。

箸ヲ用ヒテ之ヲ挟ミ、以テ客ニ供ス。

柔脆断絶セズ。

時アリテ邦君ノ調膳ニ供ス。

是レ他邦ノ有ラザル所、実ニ珍羞ト称スルニ足ル」

 と評している。

 

 庶民の味、しかも街道筋の茶屋で道中の客に提供するロケーションから考えると、

案内湯豆腐も間ひまを尽くした達人の技というよりは、

ちょっとした軽食メニュー、ファーストフードというイメージが強いが、

七代藩主伊達重村公※1が「名物」の号を送ったという来歴にふさわしく、

豆腐の水切りや裁断の仕方の工夫により、その細さとコシが他に例を見ない逸品

だったということなのだろう。

 

 

 ※1 映画「殿、利息でござる!」で映画初出演の羽生結弦選手が演じていたのが

  七代藩主綱村公

   

 


もうひとつの八杯豆腐

 

 秋田県横手市のホームページににある

  隠れた横手の郷土料理「八杯豆腐」

 

 干ししいたけは水で戻し、千切りにする。煮干しは頭と腹を取り除き水に浸す。

②  豆腐は5cmの拍子切りにして、水にさらしておく。

③ 鍋に水を入れ、昆布、煮干しでだしをとる。そこに①のしいたけと戻し汁も一緒に入れる。

 調味料で味を調え、水溶き片栗粉で少しとろみをつける。

④ ③に②の豆腐を入れ、沸騰させないように温める。

⑤ ④を椀に盛り、すりおろした長芋、生姜などお好みでかけ、刻みのりを添えて出来上がり!

 

上記ホームページから引用

横手の「八杯豆腐」

  秋田県南の郷土料理が紹介されているこちらのサイト

http://www.geocities.jp/necomiraido/usaghi/saijiki.html

 では、

 

 

 精進料理に浄夜豆腐という汁物があります。

 昆布出汁、お醤油仕立て。おうどんのように細長く切ったお豆腐が

主な具で、仕上げに長芋のすりおろしたものをふんわりかけます。

 

 この浄夜豆腐は別名、八杯豆腐。八杯もおかわりするほど美味しいから、

八杯豆腐という名がついたというのです。

 

 この八杯豆腐は、江戸時代後期に江戸の町で作られた

『日々徳用倹約料理角力番附

(ひびとくようけんやくりょうりすもうばんづけ)』に載っています。

 

(略)

 

ただし江戸時代の八杯豆腐は鰹出汁のお醤油仕立て。

細長く切ったお豆腐のお汁に葛でトロミをつけたものでした。

 

 江戸の町から秋田に伝わったどの時点で、

お出汁が鰹出汁から昆布出汁にかわり※2、

葛のトロミが長芋トロロにかわったのか。面白い現象です。

 

※2 秋田県(土崎港)は、江戸時代に蝦夷地と大阪と蝦夷地を結ぶ日本海の海運「北前船」の

 立ち寄り地だった。

  そのため、北海道から運ばれた昆布が荷揚げされ、食材としての普及や加工が内陸にまで

 広がったと言われている。

  現在でも県南・内陸の横手市、湯沢市などでおぼろ昆布の製造が行われている。

  

 

 

 

 

 

 平成26年度東北地域における「ふるさと名物」掘り起こし調査

 「ふるさと名物」調査リスト(東北経済産業局)

http://www.tohoku.meti.go.jp/koho/report/pdf/h26/26_03.pdf#search=%27%E7%A7%8B%E7%94%B0%E7%9C%8C%E9%B9%BF%E8%A7%92%E5%B8%82052094+%E6%B5%84%E5%A4%9C%E8%B1%86%E8%85%90%28%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%AF%E3%81%84%E8%B1%86%E8%85%90%29%27

 

「秋田県鹿角市052094  浄夜豆腐(はちはい豆腐)

 

 凶作の大晦日、備蓄の大豆を増やし※3て食べるために豆腐を作り、

そばに見立てるために細く切り、除夜の鐘の音を聞きながら食べたため、

この名が付いたと言われている。

 1月15日の小正月につくる地域もある。

 うまくて八杯も食べられるということから、八杯豆腐とも言われる。

 

 

※3 六代目三遊亭円生の落語「小言幸兵衛」では、長屋の家主でのべつ小言を言っている

  幸兵衛のところに、豆腐屋が長屋を借りに来る。

   しかし幸兵衛、「一升の豆から豆腐を作ると二升のオカラが出来るなんて、

  そんな理屈に合わない話があるか、まるで魔法使い、切支丹伴天連だ。」

  とか言って追い返してしまう。

                  

   浄夜豆腐も、凶作の年に飢えを乗り切るための切実な大豆の増量法だったのだろう。

   皮肉なことに近年では、豆腐を製造する過程で出来る大量のオカラ大半が産廃として

廃棄されてきたが、最近になって再びその再利用が進められているという。 

  

  

「秋田県のがんばる農山漁村集落応援サイト」

「食を楽しむ」>「北秋田エリア」>「北秋田市根子地域」

浄夜豆腐

http://common3.pref.akita.lg.jp/genkimura/village/detail.html?cid=9&vid=2&id=13

 

  通称「じょいどうふ」と呼ばれる精進料理。

 かつて大晦日の晩、翌年の豊作を祈って、除夜の鐘を聞きながら食べたと

いうことから名づけられました。

 

 近所の和尚さんが8杯も杯も食べて驚かせたことから八杯豆腐とも呼ばれています。

 短冊切りにした豆腐を醤油味のダシで煮込んでお椀に盛り、辛み大根のおろし、

そしてとろろをかけて完成です。

 

 夏休みに遊びにくるお孫さんたちにも大人気で、野菜が苦手な子どもたちも

喜んでおかわりしていくそうです。

 静寂な除夜の情景が目に浮かぶような、さっぱりとした味わいがします。

 

 

 

 「八杯豆腐」が名前の由来や調理法を変えながら、

江戸・上方から遠く離れた秋田県南の横手や県北の鹿角地方一帯に普及・

伝承されていることは、豆腐料理が常民の生活に深く根付いてきたもので

あることを思わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本項の作成に当たっては、文中に掲げた資料のほか富山県豆富商工組合ホームページ

「豆腐百珍」http://www.toyama-smenet.or.jp/~tohfu/tofuhyakutin.htmlを参照した。